「坂の上の雲」ウラ話
1月 31
われ、結婚予定あるの?と聞いたらキッパリ「ありません」、なんてやりとりがあった、とか 本木雅弘さん演じる秋山真之が、伊予松山から初めて上京し兄・好古の住むボロ小屋を訪ねる約10分弱のシーンでは、国内で数か所プラス海外ロケも含まれていたそう
はじめての伊予松山
1月 30
初めての愛媛県入り。仕事の合間に伊予松山をすこーしだけ観光のログ。 大阪から松山への路線は赤い翼が無いので珍しく青い翼にて。瀬戸内の島々と海が美しい。 「昼まで大阪で仕事して、15時までに松山事業所まで着きなさい」とい
今に残る大名小路(三田綱坂)
1月 30
綱坂を真ん中にして左は伊予松山藩の久松家、右は日向左土原藩の 島津家。現在は綱町三井倶楽部があります。人も車もあまり通らない 閑静な道。江戸時代の大名屋敷の雰囲気が伝わってきます。 綱坂を下から見上げる。
海軍はフランス、陸軍はドイツ・・・時代の流れを感じます^^
1月 28
ようやく他の国々と接し始めた日本人ですから、どの国のどの部分を取り入れていこうかという試行錯誤が感じられます。 伊予松山から都会へ出てきた秋山兄弟ですが、兄好古はもう25歳。 陸軍での階級も大分上がっていますね。 兄弟そろって非常に勤勉
正岡子規第四回—-写生句の元祖
1月 28
子規の有名な一句 春や昔十五万石の城下町 伊予松山城は伊勢桑名の城主、松平隠岐守定行が寛永十二年から城主となり繁栄 したが明治維新を契機に佐幕派の伊予は明治以降冷遇された。それを肌で 感じ取った子規は昔の栄華もいまは虚しくなっ
和み通信です
1月 27
でいました。 霜月のお昼、知人とホテルでランチの後、高島屋で催されている「てのひらのお雛さま」展を覗いてきました。 伊予松山の一刀彫りの手法で、可愛いい優しさお雛様を作っておられる方がありました。その作家である西川南運
復元された坊ちゃん列車
1月 26
運転内部、運転席(左側)に前方安全確認の為液晶モニターがついている 運転内部は画像の通りで前方安全確認の為、左右にカメラを取り付け運転席で安全確認出来る様に液晶デスプレイを着けている 1号車が松山市役所前で、市電と交差、上部に伊予松山城天守
坂の上の雲第1巻 七変人まで読みました^^
1月 24
。 さて、話はズレましたが、やはり伊予松山のファンになってきています(笑) 気になったら調べちゃう最近の私なので、本当にどうでもいいことでもネット検索してます。 秋山兄弟と正岡子規こと升さんがいつも口にする松山方言。 これって伊予弁というんですね。 「〜
伊予松山城本丸の寒梅
1月 23
伊予松山城本丸の寒梅 今年になって初めて松山城ガイドの当番日で登城した。 松山市も今年の冬は第一級の寒波到来で連日最低気温は零下である。 昨日は、松山城に観光に来られたお客様は関東からの方が多く東京都・群馬県・茨城県の方をご案内
万葉集(第2巻)[85〜95]
1月 19
も ■仁徳天皇の皇子、軽太子(かるのひつぎのみこ)が実の妹、軽太郎女(かるのいらつめ)と密通し、そのため伊予 松山 に流されたとき、恋しさのあまり彼女が追いかけていって作ったとされる歌(これは『古事記』によ

