Archive for 3月, 2011

四国お城巡りツーリング その2

3月 30
次に来たのは松山城。 NHKドラマ「坂の上の雲」の冒頭部でも出てきましたね。伊予松山藩のお城です。 (松山城という名のお城は全国にあるので、「伊予松山城」と呼びます) 日本に12箇所しか残っていない、古い天守閣を

桜「陽光」の生い立ち

3月 30
見える。 高岡さんが25年の歳月を掛けて作り上げた名作「陽光」 高岡さんが25年の歳月を掛けて作り上げた名作「陽光」・・で伊予松山城本丸にも植栽されている。蕾の色は明るく赤紫、花は下向きで一重の抱え咲きで花弁全体の形は円形、切れ込み

戦国検定。

3月 30
-- 吉川広家 (鳥山さん・松ぼっくり) 3、次の四国に築かれたお城と築城した武将の正しい組み合わせを選びなさい 1、伊予松山城 -- 加藤嘉明 2、丸亀城 -- 京極高和 3、今治城 -- 藤堂高虎 (マルキョウ・今藤産業) 4、次の文字列を組み合わせて戦国三大美

松平忠輝

3月 30
中期にかけての大名。徳川家康の六男。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%BE%E5%B9%B3%E5%BF%A0%E8%BC%9D より 意外に長生きしたんだ 【】考証伊予松山藩久松松平家にお

「敵討」 吉村昭 著

3月 29
されていて、最初が本書タイトルにもなっている 「敵討」 。 こちらは天保の改革(天保年間1830-43年)を背景に、 伊予松山藩士熊倉伝十郎が、殺された父と伯父の仇を討つ話です。 熊倉伝十郎は苦節8年、仇を討つことに成功

どうもはじめまして。

3月 29
すじです。または筋麻呂言うモンです。 ↑ 会社で呼ばれるあだ名そのまんまつけやした 四国は伊予松山出身の二十歳ッス とりあえず俺の身近で起こったしょーもないことを載せていくので、興味がある方はみてって下さい

伊予松山

3月 28
安土桃山時代から江戸時代に活躍した武将・大名の 加藤嘉明 この銅像めっちゃかっこいい

坂の上の雲

3月 27
坂の上の雲 http://plaza.rakuten.co.jp/kannnukiryuusei/diary/201103250000/ 日本に近代国家明治が誕生した頃、四国の伊予松山に3人の男がいた。日露戦争で活躍する秋山好古・真之兄弟と、短歌・俳句を革新させた正岡子規である。

0213 坂の上の・・城。

3月 26
1万石、 孫の代に近江・ 水口藩2万石 に。。。) 豊臣臣下出身の宿命(?)・・・立派過ぎた松山城が仇となったとの見方も^^? 伊予 松山 落城 これにより、僕の現存天守制覇は残すところ1つのみ ! ですねぇ。。。 まぁ、行った11城

Story founded on fact. 水入らず 咲くやこの花 水仙花(粗忽)(3)

3月 26
大正時代には松山で青春を過ごしたわけです。大正14年(1925)東京帝国大学文学部独文科に入学してから、俳句に打ち込むんです。 だから「降る雪や」の句というのは、自分の人生における明治時代の東京での子供時代と、思春期の伊予松山での大正時代